3億5千万円、6億円、20億円…金額が膨らんでも止まらない。竹山聡の危険性は、単なる金銭詐取にとどまらない。
私の知る時期、竹山聡は、資産が6億円あるかのように吹聴し、また3億5千万円規模の連結決算報告書まで持ち出して、自らの事業実態や資力を大きく見せていた。そして約20年を経た最近では20億円という話まで聞こえてくる。
3億5千万円。6億円。20億円。
ここで重要なのは数字の大小そのものではない。それだけの金額を詐取、誇示しながら、それでも危険な行動様式をやめないことである。
普通の利得犯ならある段階で止まる。十分な金を得たなら、被害者周辺との関係を断ち、痕跡を消し、静かに離脱する方が合理的だからである。被害者を刺激し続け、反応を見に来て、証拠を積み増し、なお揉め事を拡大させることに、通常は利益がない。
ところが竹山聡については、その説明が当てはまらない。3億5千万円を騙し取ったとされる話があり、6億円を吹聴し、さらに最近では20億円という話まで出てくる。それだけの金額を手にし、それだけの資力や成功を装いながら、なお欺き、撹乱し、被害者に触り、相手の反応を見に来る。ここに、この人物の本質が出ている。
「まだ金が欲しいのだろう」では行動原理の説明がつかない。それならもっと被害者から距離を取る。もっと証拠を残さないように動く。次のダマシの成功のためにも。しかし、そうしない。むしろ被害者の混乱、期待、失望、怒り、消耗を長引かせるような動きを見せる。これは、金銭取得だけを目的とする者の行動ではない。
見えてくるのは金とは別の報酬である。
人を思い通りに動かしたという感覚。
欺きが通用したという万能感。
相手が苦しみ、疲弊し、怒り、疑い、消耗していく過程そのもの。
そうしたものが、この人物にとって別の報酬になっている疑いが強い。
物取りや発覚防止のために人を殺すこととは別に、殺害そのものを報酬化している犯罪者がいる。竹山聡の危険性もそれに近いと言えるだろう。3億5千万円、6億円、20億円といった巨額が語られるにもかかわらず、なお欺きと加害が続くのであれば、もはや金だけでは説明がつかない。そこでは、欺くこと、相手を翻弄すること、苦しみを長引かせること自体が報酬になっている疑いがある。要するに、竹山聡は「取って終わる」類の者ではない。欺くこと、支配すること、相手の生活と精神をかき乱すこと、その過程自体に執着しているように見える。だから危険なのである。
貧しいからやる、追い詰められたからやる、金が欲しいからやる、その程度の話なら、ある段階で止まる。しかし、3億5千万円、6億円、20億円という数字が並ぶ世界にいながらなお裏切り・詐欺を続ける者は違う。そこでは詐欺が生活手段ではなく、行為そのものが目的化している。相手を弄び、長く苦しめ、反応を見て、なお接触を続ける。だからこそ、被害は金銭では終わらない。そこに、通常の利得犯とは異なる異様さがある。
ベリーベスト法律事務所には、竹山聡の申告や提出資料をうのみにして関与することが、結果として不正の片棒を担ぐ危険を伴い得ることを踏まえ、被害の拡大を防ぎ、社会にこれ以上の害を及ぼさないためにも、慎重かつ賢明な判断を強く求める。

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